受験生フィールド

鬱屈した爆発! 鬱屈した爆発! 鬱屈した爆発! 誰があなたがココに来ることを予期しただろう?

コンペラティブスイーツ

もうシリーズ化してきた相対性理論の歌詞の話題。
いまだに考えてんのかよって感じですが、考えてます。

何故真部氏の歌詞には面白さを感じ、永井氏のそれには感じないのか。
それは多分単純に、受けをねらってるかそうでないかの違いだと思う。

永井氏の歌詞はほぼオートマティスムで、多分永井氏じゃなくても書ける。
それに対して真部氏の歌詞は「言葉遊び」で、言葉の羅列とユーモアが混ざったものになっている。
ユーモアっていうのは個人の感性が大いに入り込むものだから、真部氏の歌詞を気に入る人は歌詞の手法じゃなくて感性に惹かれてると思う。だから新曲も聴きたくなる。
一方永井氏の歌詞は手法勝負だから、どの曲聴いても「オートマティスム」なんだよね。厳密に言えば(厳密じゃなくても)オートマティスムとは違うけど。考え方がってことね。


やっぱりダダイスムは滅びるべくしてほろびたんろうなあって思うた土佐。


じゃどん、永井氏のギターフレーズは確かにすごいと思うよ。面白い。
これは職人芸だよ。

話かわるけど、サザンの大森さんはやっぱりギタリストとして弱かったなぁと思う。
でもそのおかげで桑田佳祐原由子が引き立ったのかもしれないなんて思う。

そんなところだ土佐。


さらに話かわるけど「とりま」って、言葉考えた子たちが使うのは別にいいけど、「とりま」を流行語と捉えて積極的に使ってる同年代の気が知れん。